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注文の多い妊婦さん [妊娠]

先日、ひとりの妊婦さんが切迫早産で入院されました。

この方は、不妊治療をうけていたころからボクの患者さんでした。
かれこれ3年近く前からのおつきあいです。
結局、うちでの排卵誘発や人工授精では妊娠しなかったので、
不妊治療を専門にしている産婦人科に紹介し、無事妊娠されました。

不妊治療しているころから、なにかと細かくて、注射の値段を確認してから受けるのはもちろんのこと、
会計でいつもと値段が違うのではないかともう一度、産婦人科外来まで戻ってきて、説明を希望されたりしていました。
実際、排卵誘発をしている場合、超音波検査を行うのですが、保険では料金を頂く上限があるので、同じ月に何度か受診される場合、同じようにしていても値段が違うことがあるのです。
ボクはそういう質問に対しては、喜んで説明します。

その方が、不妊クリニックで、体外受精で双子を妊娠されました。
いまどき、体外受精では卵子を2つ移植することはしません。
なのに、この方は堂々と双子になりました。

 「タマゴちゃん、2つもどしたんですね?」
「ええ、体外受精1回目、すぐに妊娠したんですけど、流産しちゃって。 それで、今度は2つ戻してもらったんです。 ラッキーでした。」
 「・・・・。 双子ちゃんは何かとリスクが多くなりますから、注意しましょうね。」
「はい、聞いています。」

ボクは最初、治療した不妊クリニックをすこし疑いの目で見ていました。
産婦人科学会でも、今後体外受精では卵子を1個しか戻さない、っていう約束のはずです。
不妊治療で妊娠した多胎の赤ちゃんたちが、全国のNICUを占拠し、本当に治療を必要としている赤ちゃんたちが入れなくなっているという事態があるからなのです。

そうして、注意深く妊婦健診をしていると、やはり、少し前から子宮口が開いてきており、切迫早産の症状が出始めました。
ある日、本当に子宮口が開いてきたので入院治療の説明をしました。

「今は入院無理です。」
 「え?」
「双子ってわかったときに、何があるかわからないので、すぐに生命保険に入ったんです。 でも、それが来週まではお金が出ないんです。 来週以降なら、入院した分、お金が出るので入院は来週以降でお願いします。」

たぶん、一事が万事、こんな感じで不妊治療もこの方のペースで進んで行ったんだな、ってその時やっと気づきました。

次の週、もういつでも入院給付金がうけられる時期になりました。
診察室に入ってくる否や、

「高額医療のことを調べたら、月をまたいで入院したら、2回分払わないといけないんですね。 入院は来月初めでもいいですか?」
 「それは診てから決めましょう。」

診察したところ、子宮口が前の週よりかなり開いてきており、ただちに入院です。

「すいません。 無理言って。 でも、もういつでもいいですよ。お金が出ますから。」

たしかに、先週入院していたとしても、入院中に少しずつでも開いてくることはあるし、入院を1週間遅らせたことで開いたとは言い切れません。
絶対開いてくるとわかっていたら、ボクは何と言われようと入院してもらうように説得していたはずです。

 「頑張って、安静にしましょうね。 先は長いようで、短いから。」
「はい。」

次の日、病棟で、
 「昨日はゆっくり休めましたか?」

実は、この方、入院当日の夕方、隣のベッドの患者さんがうるさい、というクレームで、入院している部屋を代わってもらっていたのです。

「全然です。 30分しか眠れませんでした。」

 「そうですか?」

「この病院の枕、硬すぎます。 もう少しやわらかくならないんですか?」

 「基準寝具といって、これは変わらないので、そういう場合、できたらうちの人に自分の枕を持ってきてもらうしかないんですよ。 入院の長い人は、寝てる時間も長いから、けっこう抱き枕なんかも活用して頑張るんですよ。」

「そんな枕、持ってないし、買わないといけないじゃないですか。」

その時、ボクは悲しくなりました。
不妊治療の薬や検査は安くはありません。体外受精ならもっとお金がかかります。
入院の費用も家計を圧迫するので、できるかぎり一緒に考えたいと思いました。
入院のベッドの場所も、まあいいでしょう。
でも、枕はどうでしょう?

ボクは、一瞬、お腹の赤ちゃんたちが、枕の値段と天秤に掛けられているような気分になり、
本当に悲しくなりました。
ため息が出ます。

 「まぁ、いろいろやってみて、なんとか頑張りましょう。」

そういうしかありませんでした。

昨日も眠れなかった、と不機嫌なこの方と、これからの2か月、
向き合い、寄り添い、ボクは頑張っていきます。

きっと、しっかりとした、いいお母さんになるはずですから。




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りょお

ううぅぅぅん・・・。
まぁ、こうした不景気の世の中ですからねぇ・・・。
うちも、緊縮財政で、だいぶ切り詰め切り詰めでやっていますが・・・。
一番優先すべきはどの部分なのか。
価値観は人それぞれですね。
あと2ヶ月、無事に入院生活に順応され、元気な双子ちゃんが生まれるよう、
お祈りします。
by りょお (2009-05-29 20:31) 

haru

りょおさん、コメントありがとうございます。
お金の問題は深刻で、できれば、すべての妊婦さんがお金のことを心配しないで健診や治療を受けることができるようになればよいと考えています。
健診料が公費負担になったのはいいのですが、治療については依然として3割負担ですよね。
まだまだ解決すべきことが多いと思います。
by haru (2009-06-04 09:20) 

うそっきー

はぁ~・・・
双子ちゃんの一人、私のお腹にください・・・。

センセイ、地蔵になるしかないですな!(私は 辛い患者さんに会うと
地蔵のようになります。地蔵はいいですよ)


by うそっきー (2009-06-04 21:03) 

ちばおハム

私も不妊治療はしていたし流産も経験があるのでちょっと悲しい気持ちになっちゃいました。
赤ちゃんがお腹にやってきてくれたときはこういう気持ちにはならなかったなあ。
枕・・・ですか。

haruさん、かげながら応援します。
haruさんの人徳に拍手!!
by ちばおハム (2009-06-04 22:08) 

えてきっき

お金って怖いですよね。ただ今何が一番大切かってことをその方はわかっておられるのでしょうか。寂しい気持ちになりました。
色々なかたがおられるなかで柔軟な対応をしなければならないharuさんにわたくしも応援しております
by えてきっき (2009-06-05 13:04) 

haru

うそっきーさん、貴重なコメントありがとうございます。
たしかに、相手のペースでこっちが乱されそうな時は、おっしゃるとおり、いつもニコニコしつつ地蔵になるのがいいのかもしれませんね。
ただ、急変した時には、こちら側に主導権がないと危険な場合もあります。
必ず、患者さんの気持ちを受け止めていかないといけなくて、聞き流していてはだめなんですね。
お産は、つねに急変の可能性があるから、日ごろからのスタンスも微妙です。
by haru (2009-06-06 08:21) 

haru

ちばおハムさん、コメントありがとうございます。
もうひとつ悲しいことがあって、便秘に対して下剤がだされ、最初は効きすぎるかもしれないからと、助産師から少量からの内服を指導されたのです。
次の日、診察の時、「でましたか?」「でなかったですね。」「じゃ、もう少し量を増やしましょう。」っていう会話がありました。
その次の彼女の言葉がこうでした。
「じゃあ、昨日の下剤は無駄だったですね?」
なんか悲しいでしょ?

by haru (2009-06-06 08:26) 

haru

えてきっきさん、コメントありがとうございます。
お金は大きな問題です。
誰もが心配しないで治療を受けてほしいです。
そして、お産にはそれなりにお金がかかるということも知っていてほしいです。
ただ、守らなくてはならない、お腹の小さな命は、お金ではかえがたいものですよね。
産科に関しては、医療保険の自己負担額を1割にするとか、方策はあるはずです。
by haru (2009-06-06 08:30) 

kenjii

はじめまして
出産にお金がかかる今の制度
何とかならないものでしょうかねぇ
といっても、子ども達が結婚するまでに
なんとかなってほしいものです
by kenjii (2009-06-10 20:12) 

haru

kenjiiさん、コメントありがとうございます。
出産に関して、日本でかかるお金は世界の中でもきわだって安いのです。
その安い金額で、世界でもっとも高水準の医療をほぼ誰でも受けることができるのです。
行政がそれを負担することは、諸外国に比べるとそれほど無理がないはずです。

by haru (2009-06-11 08:07) 

にゃみ

はじめてm(_ _)m、にゃみといいます。医大生です。将来、産婦人科にいきたいなと思ってるんですが、やはり産婦人科は激務ですか?勤務時間9時18時ではないですよね?当直は週何日くらいですか?週に完全休日は1日くらいはあるんですか?質問ばかりですみません。病院によってちがうかと思いますが、初対面で失礼かもしれませんが、もしよろしければ先生の場合を教えてくだされば幸いですm(_ _)mペコリ
by にゃみ (2009-06-14 15:21) 

ちばおハム

haruさん、コメント返ししつれいします。

(失笑)でした・・・
先生ファイト!!
by ちばおハム (2009-06-16 11:26) 

muracchi

haruさん、初めまして。

昨春、双子を出産した者です。
私が不妊治療をしていた時は、
ギリギリ受精卵の数が3個まで戻せる時でした。
私の場合、2個戻しても全然着床しないので、
止むをえなく3個戻す事としました。
そのうちの二つが、無事この世に生まれてきてくれました。
双子が欲しいからと戻したのではありません。
なので、現在1個しか戻せないとなると、
妊娠できない人もいらっしゃるかと思います。

なんか、この患者さんの話を聞いて、
我が子よりお金かい!と突っ込んでしまいました。
抱き枕があった方が楽やのに。
私は、枕が高いからと母に頼んで座布団を持ってきてもらい、
空気が乾燥してるからと、加湿器を持ち込み、
もちろん、抱き枕も購入してもらって持ってきてもらったぐらいです。
出産直前の私のベッド周りは、自分の部屋のようでした。
(入院した病院の方々、その節はお世話になりました!)
もうちょっと、リラックスされたらいいのになー。

haruさん、お体に気をつけてくださいね。
by muracchi (2009-06-18 23:09) 

haru

医大生の、にゃみさん、コメントありがとうございます。
産婦人科医は激務です。
理由はいくつかありますが、お産は時間を選ばない、ということが一番です。
でも、当直でなければ、夕方5時にさっさと帰ることは可能です。
ところが、妊婦さんは、できたら日ごろ自分がかかっている主治医の先生にお産のとき立ち会って欲しいと願っているのです。
陣痛で痛がっている、自分が主治医の妊婦さんに、夕方、「当直の先生にお願いしてますから。」と、自分だけ家に帰れるかどうかで、産婦人科のしんどさが決まります。
5時までに仕事が終わらないのは、人気があって患者さんが押し寄せてきているカリスマドクターか、あるいは、仕事が時間内で終わらない、どちらかというと要領の悪いドクターか、のどちらかです。
うちの優秀な部下の先生たち(2人とも女医さん)は、お産や緊急手術が重ならない限り、きっちり時間通りに帰宅できていますよ。
当直の次の日は、外来もなく、昼から帰宅しています。
ボクがラーメン屋さんにいく日です。

by haru (2009-06-19 09:37) 

haru

ちばおハムさん、コメントありがとうございます。
結局、なんとかウンチのほうは機嫌よく出ているようです。
やはり、枕は買ってないそうです。
ただ、隣のベッドの人が気に入らないと、あるいはうるさくて安静にできない、という理由で、4、5回ベッドを変わりました。
by haru (2009-06-19 13:39) 

haru

muracchiさん、コメントありがとうございます。
双子ちゃんの妊娠中は、本当にしんどいですよね。
それでも、出会える命があるから、しかも、二人もあるから、頑張れるんです。
イライラしたって、なんにも解決しないんです。
不安に思ったり、しんどくなるのは、頑張るしかないんです。
でも、枕を買うお金がないといわれると、それは、逆ギレとしか思えないんです。
by haru (2009-06-19 13:45) 

リリー

私は2年前の夏、双子ちゃんを双胎間輸血症候群で手術したものの、2週間後に陣痛がきて出産・・・ふたりともお星様になってしまいました。
国立の大病院に入院していても・・・避けられなかったのです。

確かに長い入院生活・・・私も自宅から枕と抱き枕を持ち込みました。
大変だけど、赤ちゃんに会える日を願ってママは頑張るのに。
自分の命だって惜しくないのに。

赤ちゃんがお空に還ってしまうのも意味があるってわかるけど・・・
それでも、同じように悲しい想いをする人はひとりでも少なければいいのにって思います。

今は不満だらけのそのママが、双子ちゃんを抱いたときには感謝の気持ちで双子ちゃんを迎えて欲しいな。。。

by リリー (2009-07-01 01:12) 

haru

リリーさん、コメントありがとうございます。
自分の命だって惜しくない・・・。
真実の言葉だと思います。
実は、この方は、自分自身に心臓に軽い問題があり、お産そのものもリスクがあります。双子ちゃんを妊娠された時点で、すでにリスクがあり、文字通り、命がけのお産になることがわかっていました。
だからこそ、この方の言動に違和感を感じてしまいました。
ただ、入院して1ヶ月以上が経ち、少しずつ表情も穏やかになってきました。ちなみに、枕はまだ買っていないようです。
by haru (2009-07-02 03:54) 

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