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覚えてくれてなくてよかった [産婦人科医]

地域周産期センターの病院で勤務していたころ、
ちょうど、このブログを始めたころの患者さんの話です。

その方は、
切迫早産で、数週間入院して、治療をしなければいけませんでした。
上に、女の子と、男の子がいて、
3回目の出産でした。

そして、ちょうど、春休みから新学期のシーズンでした。

子宮収縮抑制剤を点滴で投与しながら、
安静入院をしていましたが、
一番上の女の子が、
卒園して、小学校に入学する時期に重なってしまいました。
幼稚園(か保育園)の卒園式は、なんとかなったように覚えているのですが、
徐々に症状が強くなり、点滴治療で、外出すらできない状況になっていました。

「着ていく服の準備もあるし、少し前に外泊したんですが。」
 「お腹がけっこう張ってるので、厳しいかな?」

入学式の準備は、おばあちゃんがしてくれることになりました。
結局、子宮収縮が安定せず、
入学式当日の外出、外泊は果たせませんでした。

入学式の日、お昼過ぎになって、
子供たちが病棟に遊びに来てくれました。
いつも、入院中のお母さんの面会で遊びに来ていましたが、
この日は、入学式のお洋服です。
スカートで、おしゃれに髪飾りもつけてもらっています。
弟君もかっこいいです。

 「入学、おめでとう!」
「ありがとう。」
照れくさそうに、答えてくれました。
 「お母さん、入学式に行けなくて、ごめんな。」

毎年、入学式シーズンになると、この申し訳ない気持ちになったエピソード思い出していました。

自分の長男の入学式の時、
緊張と希望の入り混じった、真一文字にきりっと閉じた口元を、
感謝の気持ちをもって眺めていました。
よくここまで大きくなってくれたと、
自然と涙が出てきました。
あの瞬間を、親として立ち会わせてあげたいと思ったからです。

そして、あれから10年以上が経過して、
この時の患者さんと、お姉ちゃんが二人でクリニックに受診されました。
診察を終えて、
ひと段落したときに、
 「入学式の時に、お母さんを外出させてあげなくてごめんね。」
と、ひとこと付け加えました。

ずっと、申し訳ないと思っていたからです。

「えー、そうでしたっけ? 覚えてませんよ~。」
 「そうなの?」
「私も、まったく忘れてました。」

お姉ちゃんばかりか、
お母さんまで言い出す始末。

ボクが守った、一番下の赤ちゃんは、もうそろそろ中学生です。
子供が三人いる、この方の「子供の入学式」は、その後も何度かあったわけで、
ずっと、ずっと申し訳なく思っていたのは
ボクだけだったのかもしれません。

すべての患者さんが、都合の悪いことを全部忘れてくれているとは思いませんが、
こうやって、大人になって、ボクのクリニックに来てくれることで、
あの「申し訳なさ」をすこしマシにすることができました。


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