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父の手 [産婦人科医]

ボクの父は、産婦人科の開業医です。
ボクが生まれる1年前に開業して、ずっとお産を中心にたった一人で頑張ってきました。
もちろん、母の協力がなければできなかったと思いますが。
数年前、開院50周年を機に、兄に院長のポストを譲り、現在は悠々自適の生活です。
しばらくは週1回外来診療も担当していましたが、それもやめています。
とはいっても、医院のすく隣に暮らしており、
帝王切開や吸引分娩などがあれば、オブザーバー的に立ち合い、
兄をうまくサポートしています。
その父は、今年、91歳です。

春先から、不整脈が出始めていました。
頭ははっきりしているのに、ずっと胸がもやもやして気持ち悪い、
死んだ方がましや。
などというので、休みの日には何度も顔を見に実家に戻っていました。
結局、心不全兆候も出始めたので、本人の希望も強く、
実家にほど近い病院で、アブレーション手術を受けることになりました。
手術は、ボクの休診日でもあったので、朝からずっと付き添っていました。
母や兄たちは、それぞれやることがあるそうで、一番ヒマなのがボクだったというわけです。

緊急手術がその前に入ったせいで、少し開始がずれ込んだのですが、
いよいよ手術に向かうときになり、
やっと手術が受けれると喜ぶ一方で、一瞬心細そうな表情もみせたので、
兄たちと一緒に、父の手を握って、励ましていました。

久しぶりに握った父の手は、
大きくて、エネルギーにあふれていました。
この手で、50年、いや、60年、
たくさんのお産に立ち会い、赤ちゃんを取り上げていたのです。
助産師は雇っていなかった父は、実際に自分の手で、取り上げていました。

 「父が生きている間に(大袈裟ですが)、父の手を握る機会があってよかったな。」
そう思いました。

このエネルギーって、
親子だからなのだろうか?
父の手が特別なんだろうか?
産婦人科医だからなのだろうか?

いろんなことを思いながら、
血管造影室に入っていく父を見送りました。

手術は、5時間ほどかかりましたが、無事終わりました。
帰ってきた父は、麻酔の影響で少しぼーっとしていましたが、
受け答えははっきりしています。

 「よかった。」

アブレーションを受けるべきか悩んでいるときに、背中を押したのが自分だったので、もしなんかあったら、母や兄たちに申し訳ないと思っていたのです。
手術が終わってから、父の回復は思いのほか順調で、
浮腫んでいた顔や足も、徐々に回復してきました。

「看護婦さんの何人もが、わしにお産で子供をとりあげてもらったって、いいにいきてくてれん。」
「体拭いてくれる時も、名前じゃなくて、『先生』って呼んでくれるねん。」

働いている看護師さんの何人もが、ボクの実家の産婦人科医院でお産をしていたのです。

 「大事にしてもらって、よかったね。」
本当に、父は幸せそうでした。

 「でも、手術、怖かった?」
と、聞いてみました。

「べつに。」

 「そうなんや。」

「手術の時、おまえらが、順番に、手握ってくれてたやろ?」

 「うん。」

「その時に、お前らの手が、あまりにもすごかったから、びっくりしててん。」

 「どういうこと?」

「『うわぁー!これが、たくさんの人の命を救ってる、医者の手なんや。すごいなぁ。』 
って思ったわ。なんかわからないけど、すごかったわ。」

父は、これから自分が、もしかしたら命に係わる状態になるかもしれないという手術の直前に、自分の息子たちの手の感触に、医者としてのエネルギーを感じたんだそうです。

ボクが、手術の直前に感じた父の手のエネルギーは、
同じように、ボクらから父へと伝わったようです。

心から尊敬する、産婦人科医として生きてきた父に、
もしかしたら、少しでも近づくことができているのかな。
そう思えて、
少しうれしくなりました。

実は、
ボクは、今までも、今でも、
お産や手術の時、
必ず、患者さんと握手をしたり、手を握りながら、
無事に終わったことを報告します。

 「お疲れ様。無事終わりましたよ。」
 「よく頑張りましたね。」

手術の前にすることはあまりなかったのですが、
これからは、
緊張が強い患者さんには、
握手をした方がいいのかなと思いました。

まだまだ、目指す目標は高いです。
これからも、修業は続くようです。


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