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死にもの狂いでした [子育て]

子育てなんて、
たしかに、ある意味、「死にもの狂い」です。
子供が小さいときは、
なりふり構わず、授乳したり、おむつ交換したり、
いつ寝て、いつ起きてるか、わからないくらい。
でも、そんな中にも、子供が少しずつでも育ってくれて、
輝くような笑顔を見せてくれるから、
それをご褒美に頑張れるんです。

先日、ボクのクリニックに、
昔、お産を担当した方が受診されました。
順番が来て、
新患さんが記入する、問診用紙が机の上に置かれました。
その名前を見た瞬間、
 「あ!」
見覚えのある名前でした。
 「この方、ボクの患者さんだね!」
「先生がお産を担当されたそうです。」
問診を聞いた助産師さんが教えてくれました。
問診用紙を見ると、お産は「帝王切開」に〇がついていました。
 「そうやったわ。たしかに、帝王切開したわ。」

名前を呼ばれて診察室に入ってきた、その患者さんは、
ボクの顔をみて、にっこり。
以前と、全然変わらない、落ち着いたやさしい笑顔でした。
実に、15年ぶりの再会でした。

「先生、おひさしぶりです。」
 「ほんと、久しぶりですね。お子さんは元気にされていますか?」
「はい、元気です。もう高校生です。」
 「そうですか、よかったー。」

短い会話を交わしたのち、今日、本来受診した理由を聞いて、診察や検査をしました。
診察が終わって、
 「ボク、少しずつ、思い出してるんですが、妊娠と出産、ほんと大変でしたよね?」
「はい、死にもの狂いの15年間でした。」

着替えながら、カーテン越しではありましたが、
それでも、その方の、自信に満ちた笑顔を感じ取ることができました。

 「お義父さん、お元気ですか?」
と、

次にこう声をかけようと思ったのですが、
ボクはやめました。
というより、できませんでした。
そのとき、ボクは、
涙が流れてくるのを抑えることができず、
言葉にならなかったのです。

ネットでもコンプライアンスが厳しい昨今ですが、
もう15年も前なので、
その理由を、このブログに書くことを許して欲しいと思います。

たしか、
妊娠中期に入ったばかりのころでした。
妊婦健診で、いつもとは違う患者さんの雰囲気で、心配になりました。

 「どうしたんですか?」
「実は、主人が急に亡くなったんです。」
 「えーっ!」

ご主人さんが亡くなった理由はここで書くことはできませんが、
この方は、とにかく、今の自分の妊娠を、
無事に終えようとする、強い意志を感じました。

幸いにも、妊娠経過は順調で、無事に満期を迎えることができました。

そして、陣痛が始まり、入院になりました。
「よろしくお願いします。」
 「頑張りましょう!」
入院に付き添っていたのは、お義父さんでした。
背の高い、上品な紳士です。
少なからず、緊張されていました。
 「よろしくお願いします。」

ボクは、どんなときも、家族の希望があれば、
立ち合い出産を認めていました。
しかしながら、義父と産婦さんの二人だけの立ち合い出産は、
この時が、最初で最後でした。
陣痛が進む連れて、痛そうになっているのですが、
やはり、
ご主人やお母さんではないので、腰をさすってあげるとかはされずに、
ただ、陣痛室の椅子に腰かけて、黙って付き添っておられました。

夜中になり、分娩がなかなか進行しませんでした。
記憶があいまいなのですが、
たしか、回旋異常かなにかだったと思います。
破水していたのでしょうか?
時間をかければ、もしかしたら、自然分娩できたかもしれません。

十分時間をかけて陣痛を頑張った、その方と顔を見合わせて、
ほぼ、同時に、「帝王切開」という言葉が出たように覚えています。
その言葉で、深くうなづかれました。

陣痛ばかりではなく、
妊娠期間からずっと、この方は頑張ってこられました。
なによりも無事に赤ちゃんを産まないといけなかったのです。
帝王切開がすべてを解決するとは思いません。
でも、その時のボクは、
 「もう十分頑張りましたよね。」
という気持ちでした。

内診の時は、陣痛室の外へ、席を外されていたお義父さんに、
分娩の経過の問題、帝王切開が選択肢になること、
帝王切開の内容や危険性など、ご家族として説明をしました。
ずっと、冷静に、聞いておられ、
最後に、ひとこと、
「それで、お願いします。」
とだけおっしゃいました。
帝王切開が終わり、
無事に、元気に生まれた赤ちゃんと面会されているときも、
終始、無言でした。

その時のボクは、無事に赤ちゃんを取り上げないといけない、という、
産科医の使命があったので、ホッとした思いが一番だったかもしれません。
しかしながら、
15年の時が経った今、
この時の、お義父さんのお気持ちがどうだったかを、
考えると、胸が詰まります。

ボクには娘はいませんが、息子がいます。
自分も年齢を重ねてきたので、
今になってこそ、
理解できる気持ちもあります。

 「お義父さん、お元気ですか?」
なんて、気楽に尋ねることなんかできませんでした。
きっと、
お義父さんは、
息子を亡くした悲しみと、
お嫁さんの死にもの狂いで頑張る姿や孫の元気に育つ姿を見て、
安堵する気持ちとが入り混じり、
ボクがどんな言葉を並べ立てても陳腐になってしまうほど、
苦しい思いをされたんじゃないかと思いました。

たくさんのお産に立ち会い、
患者さんやご家族に寄り添い、向き合ってきたつもりでしたが、
15年経たないと理解できなかった、
ご家族の気持ちがありました。

せめてもの、ボクの救いは、
この方が再会したときに、
「死にもの狂いでした。」と過去形で語ってくれたことです。

これからも、産婦人科医として、この方にできることはまだまだたくさん残っています。
そして、ニコニコと、ずっと笑顔でいてほしいと思います。


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瑠璃

本当にたまたま通りすがりに読ませていただき、心の底から感じ入ってしまいました。患者様一人一人の向かい合い、命を救ってくださっているお医者様。患者として出会う場合、多くを語ることもできませんが、このように一人一人の人生と深く関わり、確かに救ってくださっていることに感謝です。ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。
by 瑠璃 (2019-03-19 20:45) 

ももここ

今、先生の“この日がくるのはわかっていました”の記事を読み、コメントさせて頂きました。
1人目を妊婦高血圧で39週で緊急帝王切開、2人目は37週で切迫子宮破裂で管理入院、38週で予定帝王切開でした。2人目は大学病院での出産でしたが、主治医より子宮壁の瘢痕部が2mmくらいだから、3人目は医師としてはオススメしないが、希望するならまず相談をと言われ、前回の出産から1年半を経た先日MRIをとり、やはり2mm程度だから、絶対ダメとは言えないが、あまりと言われました。

自分としては、2人男の子ですが、性別関係なく、リスクは承知で3人欲しいと言う想いが強く悩んでいます。

先生の諦める事の重要性のコメント返信も拝見し、本当に頭では理解出来るのに…と。

現在2mmの部分は時間の経過とともにもう少し厚くなる可能性や傷がしっかりする可能性はないのでしょうか?また万が一妊娠した場合、総合周産期母子医療指定病院と地域周産期母子医療指定病院とでは緊急の場合の処置にどの程度の差があるのでしょうか。教えて頂けましたら、幸いです。宜しくお願い致します。
by ももここ (2019-03-29 02:05) 

haru

瑠璃さん、コメントありがとうございます。
このブログを始めた13年前のボクは、常に闘い、何かを怖れ、気を張り詰めていなければ、その瞬間にダメになってしまいそうでした。そんな中で、無事に生まれた赤ちゃんの産声やホッと安堵されるお母さんやご家族の笑顔で、自分が間違っていないことを確かめていました。
一人ひとりの命が、ボク自身の証明でもありました。
今も形こそ違いますが、一人ひとりの女性の人生を広い視野で眺めながら癒していきたいと考えています。
by haru (2019-04-04 11:01) 

haru

ももここさん、コメントありがとうございます。
前回2回とも帝王切開であった方が、次の妊娠をすべきかどうかについて悩まれることは珍しいことではありません。
「できたら子供は3人以上」と決めているのに、医者に止められるなんてありえないことでしょう。
どうしても、3人目が欲しいと思い、ご主人やご家族が望まれるなら、悩むことはないかもしれません。
ただ、次の妊娠にはさまざまなリスクがあることを、妊娠する前に十分理解しておいてほしい、というのが産科医の気持ちです。
本当に妊娠したら、胎児と母体を守るために、産科医は頑張るしかないからです。そして、もし、妊娠して何かのトラブルが起こったとき、「〇〇先生が、妊娠してもいいと言ってくれたのに」と言われても困るわけです。
超音波で子宮の筋層が何mmあったからといっても、それは安心材料にはなるかもしれませんが、なんの保証にもなりません。妊娠前の情報が、超音波検査で筋層の厚みを測るくらいしか判断のパラメータがないんです。
子宮の筋層なんて、子宮下部横切開を普通に縫合していれば、陣痛が来なければ理論的には破裂しません。ただ、妊娠してみたら双子だったり、感染起こしたり、血圧があがったり、前置胎盤だったり、胎盤早期剥離起こしたり、余分なことが起こるんです。
その余分なことも含めて、母体や胎児の安全を考えるのが産科医です。
総合周産期施設と地域周産期施設の差はたいしてないかもしれません。ちゃんとした産科医が、ちゃんと診察していれば、何かトラブルが起こる前に総合周産期施設や大学病院に紹介してもらえるはずです。
ちなみに、ボクの経験で、3回目の帝王切開の患者さんが命がけでお産に臨んだ話もあるのですが、コンプライアンス上、ブログでは公表できていません。
ボクは、ももここさんを診察していないし、主治医でもないし、現在、周産期センターに勤務しているわけでもないのでなにか言うことは不正確になるので避けるべきかもしれませんが、1回目の妊娠が高血圧で、2回目が結果的には無事に予定帝王切開できたけれど切迫破裂で安静入院になったことから、それなりのハイリスク妊娠だと思います。ある程度のトラブルは想定の上で妊娠されるのがよいと思います。
by haru (2019-04-04 11:38) 

ももここ

先生、お忙しい中、コメント頂き本当にありがとうございます。コメントを読みながら、涙してしまいました…。診察もしていない、いきなりコメントした私にこんなにも親身にお話を聞いて下さる先生のお人柄に感動してです。
先生がコメントに記載されてる事、ひと言ひと言を重く受け止めています。特に『〇〇先生が妊娠しても大丈夫…』のくだりなどは特にです。私は親族がお医者様にお世話になって、本当に感謝する事が多く、仕事の大変さや命がかかった重責など、素人なりに理解してはいますが、やはり世の中色々な考え方の人がいますし、難しい世の中になった部分もあると思うので…。
私自身も3人目をとなった場合には、全て自分が決めた事と考えていますし、あとは主治医の先生と自分を信じようと考えています。
2人目は1人目の出産でやはり色々不安だった為、大学病院で出産し、現在は同じ大学病院に相談しています。
現在相談している先生の立場もわかるので、私自身聞き辛い事もあり、こちらにコメントさせて頂きました。

先生が下さったコメントの冒頭11行に大変勇気づけられました!これは決して妊娠が大丈夫と言われたと考えてはいるわけではありません。前回診察してから、立ち止まっていた私に前進する力を下さったと思っています。

コメントを読み、もう少しきちんと考え、悩んでみようと思いました。

先生のブログはこれからも拝見させて頂きたいと思いますし、またコメントさせて頂く事もあるかと思います。本当にこの度はありがとうございました。
ブログ上ですが、素敵な産婦人科の先生とお話出来て、良かったです!
by ももここ (2019-04-06 01:07) 

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