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超音波の写真 [妊娠]

ボクのクリニックは、街中にあります。
以前勤務していた病院と、その前に勤務していた病院のちょうど中間です。
ボクが今まで担当していた患者さんたちが通いやすいように、
いくつかの交通機関で繋がっている場所を選びました。
そういうクリニックならではというわけではないのですが、
若い患者さんが、「月経が遅れている。」という理由で受診されます。
独身で、一人暮らしで、多くは学生さんです。

「おしっこの検査(妊娠反応)で陽性がでました。」

明らかに嬉しい笑顔で話している方と、
あきらかにその真逆の表情を浮かべている方と、
長年産婦人科医として働いていると、
その方の、次の言葉は想定することができます。

いくつかの質問をして、
これから行う診察の内容と、
予想される診察所見などを手短かに説明します。
あれこれ説明しても、きっと頭には入って行かないでしょう。
続きは超音波で診察しながらにします。

時期によってももちろん見え方は違うのですが、
正常な妊娠初期であれば、超音波検査で、
子宮の中に小さな袋(胎嚢)があります。

 「妊娠ですね。現在のところ、計算した妊娠週数からみて、正常の妊娠です。」

多くはカーテン越しなので、
顔は見えません。
でも、
超音波装置のモニターに映る、
小さな命の姿に、
短い、ため息が聞こえてきます。

この瞬間まで、
生きた心地がしなかったのでしょう。
そして、
そのため息は、
悲しいため息なのか、嬉しいため息なのか、
一言では表現できない、複雑なものです。
そのため息は、
一つの決心の瞬間でもあります。
短くて、長い、診察時間です。

ボクは、
超音波装置の画像を止め、写真をプリントします。
白黒の小さな写真です。

内診を終えて、
もう一度、写真を見せながら、
診察室でお話をします。
内診台では緊張して、説明をあまり覚えていない方もあります。
診断されたばかりなので、
これから考えて、相談して、どうするか決めることになるのでしょう。
もちろん、最初から、
中絶することを決めた上で受診している方もあります。

診察の最後に、超音波の写真を差し出します。
帰って、パートナーや家族に説明するときに必要になるからです。
ただ、その写真を受け取るときに戸惑いを見せる方もあります。

 「この写真、どうしましょう?」
「・・・。」
 「ボクが預かっておきましょうか?」
「はい。ここで、預かってもらっていて、いいですか?」

自分の人生や、パートナーの人生など、
いろんなことを考えた結果の決心でしょう。
その決心を、だれも責めることはできません。

 「わかりました。」

ボクは、超音波の写真を、
診察室の机の、患者さんから一番遠い、反対側の端に、
置き換えます。
そして、患者さんと向かい合って、
もう一度、話をします。

 「あなたの決心は、考え抜いた結果でしょうから、それで間違ってはいないでしょう。」
 「でも、今日の診察で、もし、違う決心になったとしたら、教えて下さい。」

診察が終わって、
一番反対側に置いた写真は、
ボクの診察机の引出しの中に移します。

少しずつ増えていく超音波の写真は、
ボクの、今の、命の現場です。


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