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女心 [産婦人科医]

毎日、たくさんの患者さんを診察しますが、
長い付き合いの患者さんが何人かいます。

前の病院にいたころからずっと診ている患者さんたちですが、
お産をする患者さんは、10年以上に渡って生み続けるひとはそういませんし、
更年期症状の患者さんたちは、そのうち症状が治まるので
骨粗鬆症など継続して診察する必要がない限り、
ひとり、またひとりとボクの外来を卒業していきます。

10年以上続くのは、多くはボクが手術を担当した患者さんです。
子宮筋腫核出や卵巣腫瘍核出などの術後で、
再発をしていないか、定期的に診察する必要があります。

そんな中で、前の病院の前任者から引き継いで、
今も診察している方がおられます。
前の病院から15年くらい通院されていて、
子宮内膜症の方です。

ボクが引き継いだときには、
すでに術後2年ほど経過していました。
かなり進行した子宮内膜症と子宮筋腫で、月経困難症を伴っています。
1回目の手術で、癒着がきつく、術後に感染を起こし、再手術になっています。
術後しばらくはよかったのですが、徐々にまた子宮内膜症の症状が強くなってきました。
月経時には、飲み薬の鎮痛剤では効かなくなり、毎月、座薬を何個も使うようになりました。
チョコレート嚢腫が破裂して、救急車で運ばれてきたこともありました。
再手術を考えましたが、

「できたら、手術はしたくないです。」

いわゆる、深部子宮内膜症で、1回目の手術よりも条件は悪く、おそらく、
子宮のみならず卵巣まで摘出しないといけなくなる可能性もあります。
そういう患者さんの言葉に、ボク自身、すこしほっとした気持ちにもなりました。

ホルモン療法を周期的に行い、保存的に治療を継続しました。
そのうち、ジエノゲストという、子宮内膜症によく効く薬が発売されて、
この方の症状もかなりコントロールできるようになりました。

3ヶ月ごとの診察をしていくうち、この数年は症状も軽くなっていきました。

今は、ほとんど鎮痛剤を使用しなくてもよくなり、
月経も年に数回になりました。

 「一度、女性ホルモンを調べてみましょう。」

今年の春頃に、月経が半年ほどなかったので採血をしました。
3ヶ月後、受診されたときに、そのときに測った女性ホルモンなどの検査結果を説明しました。
卵巣を刺激するLHやFSHといった下垂体ホルモンは、卵巣機能の目安になります。
結果は、すでに閉経を示すものでした。

 「その後、月経はありましたか?」
「いいえ。お腹も痛くなくて、調子いいです。」
 「こないだの検査結果ですが、閉経したみたいです。」
「‥‥。」

 「長くかかりましたが、たぶんこれで、子宮内膜症の治療は卒業です。」
「‥‥。」

患者さんは、言葉なく、顔を見ると、
目から涙がぽろぽろとこぼれています。
なんと声をかけてよいのか、わからなかったのですが、
今まで、痛みに耐えてきて、
やっとこの日がきた、そういう気持ちなのかと思いました。

 「お疲れさまでした。」
 「今まで、ずっと頑張ってきたし、ほっとしましたか?」

すると、この方は、涙を拭きながら、顔を横に振り、
やっと口を開いてくれました。

「なんだか、寂しくて。」

痛いのは、自分が女性だからと思って頑張ってきたのだと思います。
自分が女性であるということを、月経のたびごとに感じておられたのかもしれません。

子宮内膜症は閉経することで治療が終わるのが一般的ですが、
それは、単に医療者が一方的に思うことで、
閉経を迎えるということは、
一人の女性にとって、そんな簡単なものではありませんでした。

その後、子宮内膜症の研究会に参加しました。
たくさん内膜症の手術をされている先生に、懇親会でこの話をしました。
そしたら、その先生は笑いながら、こう答えてくれました。

「それこそが、女心ですよ。」
「深いんです。」
 「たしかに、深いですね。」

多くの先生が順番に挨拶にこられるのでそれだけの会話になりましたが、
きっといろんな話がまだまだありそうでした。
まだまだ、産婦人科医としての修行は続きます。

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カメリン

先生、こんにちは。
久しぶりの更新、タイムリーな話題でした。

全摘をして3日前に退院したばかりです。
1年前から筋腫の経過観察を続けていましたが、
特に出血傾向が強いわけではなかったので自然閉経を待ちながら
フェイドアウトしていけたらいいな、と思っていました。

52才ですが、4月の検査で
LH   6.9
FSH  5.8
E2   253.4

という結果でしたので、まだまだ機能しているものを失くしてしまうのは
とても寂しく感じました。
でも、リュープリンで小さくしても500グラム近い大きさとのこと。
これ以上は腹腔鏡での手術が難しくなると説明を受け、同意しました。
2人の子供を産ませてくれた子宮に感謝してサヨナラしましたが
自然に任せていたらどうなっていたのか、すごく気になります。
リュープリンの後、卵巣機能が元に戻るかは、年齢を考えると難しいのでしょうか?
女性としての気持ちは複雑です。
先生のように、女性の気持ちを配慮して下さるととても嬉しく思います。

by カメリン (2014-07-30 12:16) 

ともたま

先生お久しぶりでございます(o^^o)
暫くブログの更新が無く心配いたしました。
元気でいてくれて良かったです!

子宮や卵巣の機能が終わった時の女性の本当の気持ち。
何の障害も無く来た人は、いままでお疲れさまでした、ありがとって感謝の気持ちがまず来て、その後に女性として淋しい気持ちが湧いてくるのかなと思います。
でも病気で苦労したり、頑張って不妊治療したけど赤ちゃんを授かれなかったりした方の気持ちって…
治療してた時はいつか治る、いつか授かれるってポジティブな感情もあるのでしょうが、いくら治療しても治らない、授かれない、なんなの私の子宮!って思う気持ちの方が強いんじゃないのかなと。
だけど、苦労してきた女性の方が、ずっと子宮や卵巣の事思ってきたから更に愛しく感じ、淋しさも何も無かった人に比べて大きいのではないのかなと思います。
あくまでも僕個人の考えで、女性には申し訳ないですが、本当の気持ちは分かりません。

僕は妻が閉経を迎えたら、明るい気持ちになれるよう、何かプレゼントを贈りたいと思います。
一生懸命考えたんですが、すみません(^^;;
by ともたま (2014-08-03 20:40) 

まなみんま

私も、内膜症、両方がチョコで、高齢区域ですが、2人目を諦められず、自然妊娠を望んでいます…

排卵痛も月経痛も酷く、鎮痛剤がないと、立ち上がる事も難しいです。

でも、閉経は、やっぱり嫌だなぁと思っていますし、できることなら、子宮も卵巣も取らずにいたいです。

とはいえ、年齢は上がるし、がん化のリスクもあるので、その時は、しかたがないですよね。今の所は、経過観察しながら、妊活しています。

by まなみんま (2014-08-06 05:14) 

haru

カメリンさん、コメントありがとうございます。
子宮全摘をしたあとは、月経がなくなるので、卵巣が機能しているかの自覚は難しくなります。
昔、調べたことがあって、子宮全摘した方の何割かは、一時的に卵巣機能が低下しており、数ヶ月したら多くの方は回復していました。手術そのものが卵巣機能に一時的な影響があったようです。
今はよい女性ホルモン剤もあるので、担当医の先生に相談してください。
by haru (2014-08-13 20:12) 

haru

ともたまさん、コメントありがとうございます。
元気でやっています。
女性は、女性としての周期的な体の変化によって、つねに自分が女性であることを感じ、確認しているのです。
ある意味、男性であるボクたちにはそういった確認はありませんね。
子宮や卵巣が持つ、女性に対する存在感の大きさや深さは、分かっているつもりでしたが、まだまだであったとあらためて気付かされました。
by haru (2014-08-13 20:31) 

haru

まなみんままさん、コメントありがとうございます。
チョコレート嚢腫の発がんが取りざたされるようになって、大きさによっては手術療法が選択されるようになってきています。
かといって、子宮内膜症の最良の治療法は今でも妊娠だと思います。
頑張ってください。
by haru (2014-08-13 20:41) 

keiko

実父が産婦人科医だったので興味をもって読ませてもらっておりました。実は2010年にバルトリン腺が化膿して手術で取っていただき、そのことを詳しくブログに載せたところ、毎回私のブログでアクセス数が1位の記事になっています。自分がなるまでそんな腺の名前すら知らなかったことなのですが、外国の方でも検索して訪ねてこられる方もいらっしゃいました。
お産以外に入院したことがなかったのに、と、野次馬根性で書いた記事でしたが・・・幸い痛みはもうとっくに無くなりましたが、長い間自転車に乗るのが怖かったですし、夫の求めにも応じることが怖くてできません。
ひそかに困っていらっしゃる方は結構あるようですね。
by keiko (2014-08-19 01:33) 

haru

keikoさん、コメントありがとうございます。
たしかに、バルトリン腺炎を書いたブログは皆無に近いように思います。
ボクのブログでも、アクセスが一番多いのは、ボクが一番伝えたい思いの部分とすこし違う記事でした。
かといって、無責任でいるわけでもないので質問やご意見をいただくと精一杯お返事させてもらっています。

by haru (2014-09-01 22:01) 

セレナーゼ

ブログを拝見いたしまして、かなり忍耐強い患者さんのケースだと思いました。

私だったならば、閉経を知ると「明日から温泉やバーベキュー、飲み会に思う存分楽しめます。ラッキー。」となるかもしれません。


私は月経のときは、寝込んだ月もあれば、緩やかで心地よい月もあります。どんな月経のときでも必ず着物で帯を結ぶような鈍い痛みがくるので、分厚いタイツをはいておなかを冷やさないようにしたり歩きまわってよく汗をかいて月経中であることをあまり考えないようにと工夫をしています。食事もお肉をたくさん食べると、その分たくさん出る気がするので、野菜中心にしています。

それでも、我慢できない時に市販のロキソニンを飲んだりしています。

そんな私でも、子宮内膜症や月経困難症になったらどうしょうかと考えることがあります。

私ならば、(注射は嫌いですが)手術を選択するのかもしれません。


女性にはいろんな方がいますので、AさんとBさん、Cさんとではどういう治療をしたいかも考え方が違いますので、産婦人科医療は奥が深いものがあるかもしれませんね。
by セレナーゼ (2014-09-01 22:44) 

ひろっぴ

26歳の時に、筋腫の摘出手術を受けましたが、半年後に再発。切迫流産での入院などもありましたが、二人子供を産むことができました。
その後も貧血や、酷い生理痛が続き定年退職後にクリニックを開業された主治医のところにずっと通い続けました。色々治療を行いましたがあまり効果はなく、また閉経する気配もないので全摘手術の準備を始め、CTの写真と紹介状を取りに行く2日前から大出血を起こしていましたが、なんとか真っ白な顔で書類を受け取りに行き、次の日に大病院に受診したところそのまま入院となり、全摘手術を行いました。
その後、主治医は閉院されましたが、その際に、二人も子供が産めた事についてお礼を申し上げることができました。
全摘の手術後、2年半以上経過していますが、正直閉経しているかどうかはわかりません。ただ自分の場合はもう色々な意味で限界だったので、今は落ち着いていることと、20年以上も同じ先生に診ていただき、一緒に戦っていただいたことに感謝の毎日です。

haru先生のブログ、以前からファンでした。本当にお忙しいと思いますが、これからも素敵な産婦人科の先生でいらして下さい!



by ひろっぴ (2014-09-21 12:28) 

haru

セレナーゼさん、コメントありがとうございます。
月経の痛みが、男性であるボクには、本当ところ、わかっていません。
痛みと痛みの意味は、きっと違う次元のものなのでしょう。
by haru (2014-10-21 20:40) 

haru

ひろっぴさん、コメントありがとうございます。
子宮全摘すると、更年期症状が出にくいと聞いたことがあります。自分のホルモンのサイクルを自覚する症状が少なくなるからだと思います。
貧血が治って、更年期症状も出にくいとなると、子宮全摘も悪くないはずなのですが、やはり、女性にとって、子宮の存在は、大きく深いものなのでしょう。

by haru (2014-10-21 20:44) 

セレナーゼ

月経は、活火山のマグマ噴火そのものだと思います。

活火山では、マグマ噴火が起きる前に火山性の地震がありますが、それも月経がはじまる前の月経痛にもよく似ていると私は思います。

こないだ、ある掲示板で「女性の部下が生理で仕事を休むのは甘えだ」という男性の言葉を見たことがあります。

その上司の男性にとって見たら、痛みがなく尿漏れ感覚で生理があるのだと思っているのです。(食事中でしたらすみません)

でも、実際には、活火山の火山性地震のように鈍い痛みが続いて仕事を休まなければいけない女性がいることにも気がついてほしいものです。

もし、産婦人科医がその男性上司と同じようなことをいえば、病院はつぶれてしまうかもしれないほどのうわさを女性から広められる可能性が高いです。

昔のように、医師の先生のいうとおりだという人ばかりではないのが今の世の中です。

私も男性のことはわかりません。

だけども、男性のみなさんは生理中の女性はなんだかイライラして怖いそうです。

女性は難しい生き物かもしれませんので、お優しく接してくださるとうれしいです。。
by セレナーゼ (2014-11-19 18:45) 

haru

セレナーゼさん、コメントありがとうございます。
ナースステーションや休憩室でいると、たまにスタッフの皆さんの月経の苦労話を聞かされることがあります。
きっとボクを男性だとは思っていないのでしょうね。
男性も、女性をよく理解する意味で、月経や排卵周期の勉強をしておくことが大切かもしれません。
by haru (2014-11-24 15:19) 

セレナーゼ

たぶん、病院のスタッフだと挨拶変わりに月経の話になっているのかもしれませんね。仕事で多忙な時や何かでイライラしているときは余計月経痛がして誰かに話したくなるときも私もあるのでわかります。

ある意味では、女医さんよりも男性医師のほうがいいやすいと思われているのかもしれません。というよりも、ハル先生のお人柄がよいのかも。

私は今では月経前痛は1~2回薬を飲む程度で楽なほうです。
あとは、ヒートテックの長そでやスパッツをはいているだけでも、
笑って過ごしています。

昔は、骨折治療でギプスを装置しているときや、歯の矯正治療の期間のときは夜には痛すぎて寝つけないときもありました。

いまだに私はどの程度の月経痛まで我慢できるかわかりませんが、子宮内膜症になるのが怖いですね。

by セレナーゼ (2014-12-21 18:34) 

haru

セレナーゼさん、コメントありがとうございます。
ボクはあまり女性と思われてないようです。
長年の産婦人科医としての経験から、
男性の部分を消し去るようにクセがついているみたいです。
職場では、「お父さん」的な立ち位置ではなくて、どちらかというと、おせっかいな「おばちゃん」的なものを目指しています。
月経に関しては、「どうせ、いうてもわからへん」と、あくまでも第三者的な立場なのかもしれません。
by haru (2014-12-24 07:53) 

春香

8月に巨大子宮筋腫による子宮全摘をしました。
退院後、子宮筋腫について調べていてharu先生のブログに辿り着きました。

素晴らしい先生です。
haru先生が主治医だったら良かった・・・

筋腫は女性の3〜4人に1人が持っているというから、婦人科の先生にとっては、ちょっとした吹き出物程度にしか思ってないように感じます。

実際その筋腫で、子宮を全摘して子供を産めなくなったり、不妊症になったり、少子化に拍車をかけることもあります。
ある程度、治療方法が確立されているので、忙しい婦人科の先生方も国でも誰も感じないのだと思いますが、治療方法よりも、女性の3〜4人が持っているその筋腫を予防する方法をどうにかして研究していただけないものかと、今、強く思っています。

私が一人でつぶやいてもどうにもならないこととはわかっていますが、でも誰かが声をあげなければいつまでもどうにもならない・・・その葛藤に今悩まされています。
by 春香 (2015-09-16 22:42) 

haru

春香さん、コメントありがとうございます。
子宮筋腫は、罹患率が極めて高い良性疾患で、子宮全摘術という手術は、世界でもっとも多く行われている手術です。
日本では、泌尿器科の前立腺癌のみで保険適用されているロボット手術においても、全世界的には、子宮全摘が最も多く行われている手術なのです。
それほど、取って、取って、取りまくられている子宮ですが、
一人の女性にとって、たった一つしかない大切なものです。ただ妊娠、出産という目的以外にも、精神的な重要性ももっています。
ただ、医学の研究はというと、もっと命に関わる、癌やエイズなどの感染症、心臓病などに精力が注がれていく傾向があります。
少子化が進むことで、その対策の一つとして、子宮筋腫の予防の研究が行われる可能性は、低いですが、あるかも知れませんね。
by haru (2015-09-24 22:34) 

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