SSブログ

グッジョブ! [分娩]

先日、近くの開業の先生から常位胎盤早期剥離の患者さんの紹介がありました。

常位胎盤早期剥離は200分娩に1例くらいあるもので、
胎児がまだ子宮にいるにもかかわらず、胎盤から出血がおこり、
非常に危険な状態になるものです。
進行の早さや出血の量によって、症状は異なるのですが、
ボクも大切な赤ちゃんの命を守りきれなかった経験があります。
もちろん母体に対しても、その出血量によっては
非常に危険な状態に陥ることがあります。

この日は、手術日で、ボクは2件目の手術が終わったところでした。
産婦人科では朝から同時に二つのチームの分かれて手術をしており、
もう一つのチームも終わっていました。

また、
入院中の別の妊婦さんが、赤ちゃんの状態がよくないという理由で、
今から緊急帝王切開にしようと決めたところでもありました。
(ただ、それほど大急ぎでする必要もないという状態です。)

つまり、その時点で、手術ができる産婦人科医が5人いて、
産婦人科にローテートしている研修医を含めると
ドクター6人が詰め所に集まっていました。
(当然の話ですが、こうしている間にもちゃんと外来では、
3人のドクターが診療を続けており、
診療科長の上司は会議など管理の仕事をされています。)

そんな「間合い」に、この常位胎盤早期剥離の患者さんの搬送依頼の連絡がありました。

病棟と小児科に相談して受け入れができると判断し、
ボクは、依頼元の診療所に連絡を入れました。

 「病棟も小児科も大丈夫です。すぐに送って下さい。」
「助かります。お願いします!」
名前と生年月日が必要な情報なのですが、最初の電話で聞いていました。

メモを持っていたら、
若い先生がそれをくれを手を出してきました。
「医事課にいって、ID(カルテの診察番号)作ります。」
 「おお、サンキュー。」
「輸液とか術前検査も入力しときますね。」
 「おお、助かるわー。」
「先生は手術の入力をお願いします。」
 「ほいきた!」
今度は別の先生が、
「それくらいは、ぼくがしておきますよ。」
 「ええ、いいの?うれしー。でも、それくらいはするよ。」

結局、ボクのすることは何もないくらいでした。
 「なんか、することない?」
「先生は、どんと構えていてください。」
 「1人だけラクしてるみたいで、ごめんね。」

間もなく、患者さんが搬送されてきて、分娩室で診察をしました。

典型的な胎盤早期剥離でした。
痛みや子宮の超音波所見など、こうも典型的な症状がわかりやすく出ていると、
診断も早くつけることができるので、
結果的に胎児や母体には影響が少なくて済みそうです。
研修医の先生にも本当にいい経験です。

ボクは、本人さんと付いてきたお母さんに状況を説明して、
手術の同意を得ました。
あまりの急な変化に、本人もお母さんもまだ気持ちが追いついていないようです。

 「頑張りましょう。」
「お願いします。」

ものの数分で手術室に患者さんを運び、
あとは手慣れたもので、
あっという間に娩出です。

少し出血は多かったものの、赤ちゃんは生まれてすぐに元気に泣いてくれました。
小児科の先生もホッとされた様子でした。

 「よかった、よかった。」

それにしても、早い、早い。

ドクターが6人であっという間に、電子カルテのオーダーや点滴などの処置、
手術前の検査、もちろん、病棟の助産師さんたちもいましたが、
医者でなければできないことって、意外とたくさんあるのです。

ボクがしたことが、患者さんと家族に状況の説明、
麻酔がかかってから一気に娩出しなくてはいけなかったので、
頑張っちゃったくらいです。
(麻酔科の判断で全身麻酔になり、麻酔と同時になるべく早く娩出しないと
赤ちゃんが寝てしまった状態で生まれてくるのです。)

今まで、病院の規模が小さいと言う理由で、
こういった超緊急の帝王切開が必要な母体搬送は断ってきていました。
麻酔科医や産婦人科医のマンパワーの問題、
母体が重症化したときの集中治療の限界など、いくつかの理由がありました。

しかし、
この病院ではそのあたりがクリアされています。

それぞれのスタッフが、自由に動いているようで、
彼らには的確な状況判断と責任感があります。
それが、ひとつの目的で有機的に連動して、
無駄のない動きとなっています。

今回のお産は、スピードが最重要項目であったので、
わかりやすかったですが、
周産期には、「スピードだけが大切ではない」という状況もたくさんあります。
ときには、「みんなが立ち止まって、呼吸をそろえる」というか、
緩急をつけなければならないことがあります。

けっして贅沢を言ってはいけないと思うのですが、
うちのチームは、
ドクターや助産師も、
まだまだ荒削りな部分があります。
若さなのかもしれません。

たとえば、緊急帝王切開でお産になったお母さんの心のケアについても、
チームのみんなで考える必要があります。
そういった部分にまで気を配ることができるように
育てて行きたいと思います。

 「グッジョブ!」

いい仕事をしてるけど、
君たちのポテンシャルはそんな程度じゃない。
さあ、みんな、頑張っていきましょう。

nice!(6)  コメント(10) 
共通テーマ:妊娠・出産

nice! 6

コメント 10

ちばおハム

若い職場だからこそ、活気づく。そんな感じだったのでしょうか。
この若い時代も必要だな、とその時代を過ぎて感じます。
そんなときにいい指導者に巡り合う、というのも重要。
haruさんが今の職場で立たされている位置ってとても重要なんですね。お体に気を付けて、よんなーちばりよー(ゆっくりがんばりましょう。)
by ちばおハム (2012-02-20 05:49) 

nana

適当な表現かどうかわかりませんが、先生の職場はオーケストラのようですね。
どの楽器が欠けてもいけない、皆さん全体で素晴らしいパフォーマンスを!
by nana (2012-02-22 08:56) 

haru

ちばおハムさん、コメントありがとうございます。
若いときにいろいろと教えてもらった先輩や上司の言葉は、何年経っても心に深く刻まれています。
言葉だけでなく、ひとつひとつの細かな技術や、生き様のようなものまで忘れないものです。
10年後に、彼らの中にボクの言葉がどれくらい残っているかはわかりません。
ただ、伝えなければならないと思うことが、ボクにはまだまだたくさんあります。
しんどくなりすぎないように、ぼちぼちやってきます。
by haru (2012-02-23 11:36) 

haru

nanaさん、コメントありがとうございます。
オーケストラだなんて、そんなに高尚なものではないと思いますが。
ただ、それなりにまとまっているように見えたとしても、もっともっと上を目指す姿勢が大切だと思います。
チームワークは、それぞれがそれぞれに敬意を払って、接することが大切ですね。
by haru (2012-02-23 11:44) 

S.fujii

無事赤ちゃんを助けられてよかったですね。
若い先生方にも非常に良い経験になったのではないでしょうか?Haru先生のリーダシップがみんなのやる気をおこしたのだと確信しております。
ただ超音波での明らかな所見があったり、痛みなどの症状が出ている場合は、胎児や母体には影響が少なくすみそうというのは正確ではないのでは?
その時点で既に母体のDICが進んでいることもあり得ますし、搬送されてくるまでの間長時間剥離の状態が続いていると、胎児の代謝性アシドーシスが進行し脳神経障害が起きてしまったり、MOFになっている可能性も多分にあり、母児の予後が悪いケースは良く経験します。この記述で誤解をされた方が紛争を起こされる可能性もありますので産科医にとってちょっと危険な記述ではないでしょうか?
それと胎盤早期剥離と分かって搬送されて来るのであれば分娩室で診察している時間はもったいなく、救急室から手術室へ直行して、手術室前室で超音波診断しそのまま超緊急手術するぐらいの迅速性が要求されるのではないでしょうか?
by S.fujii (2012-02-23 21:41) 

haru

S.fujii先生、コメントありがとうございます。
今回の症例は、到着から児の娩出まで19分でしたが、先生がご指摘していただいたように、明らかに診断がついている本症例では、直接手術室へ運んだ方がより早かったと思います。
日勤帯で人数も十分であったので、産婦人科病棟からドクターや助産師が手術室に集まって診察も可能だったと思います。病棟や手術室での動きをイメージしたシミュレーションを、反省会を兼ねて行います。
また、「胎児や母体には影響が少なくすみそう」という表現はたしかに誤解を招きます。この症例は、胎盤の剥離の程度の割に、常位胎盤早期剥離として典型的な症状を呈していたことで、正確な診断にいたるまでの時間が短くてすんだということを伝えたかったのですが、症状がわかりやすい症例ほど、胎盤剥離の進行が急激であり、結果として不幸な経過をたどる可能性も高かったとも思います。ご指導有難うございました。
尊敬する先生からコメントをいただき、恐縮していますが、大いに励ましていただき本当に感謝しております。今後ともご指導お願い申し上げます。
by haru (2012-02-25 20:56) 

るな

麻酔科医をしています。産科麻酔に興味がありいろいろ勉強しているのですがいつも産科医との呼吸の合わせ方に苦労します。こんな風にスムーズに協力し合う雰囲気ができているといいのですが。素晴らしいチームワーク、尊敬します。
by るな (2012-03-02 05:50) 

haru

るなさん、コメントありがとうございます。
今回の緊急帝王切開のときに麻酔を担当して下さった先生は、すごくフレンドリーな女性医師の方でした。いつもニコニコしてて、赤ちゃんが大好きな先生です。大きな病院なので麻酔科の先生もたくさんおられますが、それぞれの先生と常にいろんな話(雑談も含めて)をすることは大切だと思います。この先生とはいつも子育ての話でよく盛り上がります。あと、産婦人科医として、麻酔そのものに興味を持つことも大切です。ボクらが麻酔に興味がないと、麻酔科の先生も楽しくないですよね。お互いを尊敬できれば最高です。
by haru (2012-03-04 08:18) 

りえぽん

はじめまして!
3月10日に第2子を出産したばかりの29才のママです。
このブログをなんとなく見つけて、育児の合間に読ませていただいてます!
第1子、第2子、どちらも切迫早産で入院しました。

私が第2子をお産した青森県立病院の産婦人科の先生方も、とてもフレンドリーで素晴らしい人たちでした。
やはり先生方のチームワークがとれているってゆうのは、回診にきたときや、ふとした瞬間に患者でもわかります。
わかれば、より安心して任せられるとゆうか(*^^*)
出産は、外来や入院中の担当医ではなかったのですが、出産後、その担当医のかたが、わざわざ病室におめでとう!って言いにきてくださいました。男の30代半ばくらいの先生ですが、すごく気遣いしてくださるなーとすごく嬉しい気持ちになりました。
医師のほんの少しの優しい一言や気遣いが、患者はどれだけ嬉しいか…。

これからも、ブログ楽しみにしています。
お身体、壊さないようにご自愛くださいね!
私も太陽のような明るいポカポカママ楽しみます(*^^*)
by りえぽん (2012-03-24 09:39) 

haru

りえぽんさん、コメントありがとうございます。
忙しく子育てされていることでしょうね。
産婦人科医は、妊娠初期からずっと分娩の、赤ちゃんが出てくる瞬間までを担当するのが理想とされます。
つまり、赤ちゃんがオギャーと泣く瞬間に、その場にいることが求められているのです。
ただ、個人的な産科診療所や助産院で当たり前のことも、大きな病院で、ドクターが何人もいる時は、なかなかそううまくいきません。手術や外来、当直明けなど、実際に分娩室にいることができない用事があります。
ただ、ドクター同士のみならず、助産師やナースがうまくかみ合うように関わることで、きめ細やかな、つなぎ目がわかりにくい、連携が生まれるのではないかと思うのです。
おっしゃる通り、そういう部分は、患者さんたちにはよくわかります。ごまかしはきかない部分であると思います。
もし、ごまかしがあれば、すぐにバレてしまうし、バレないとしても、一番弱い部分(赤ちゃんなど)に、しわ寄せがきます。
チームワークを患者さんたちが肌で感じることができる医療現場は
きっとすばらしい現場なんだと思います。
by haru (2012-03-31 10:18) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。