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自然に伝わる [産婦人科医]

うちの病院の小児科のある先生は、もう30年以上も勤務されており、
この先生が新生児のころに診察した子供が、大きくなって、ボクがお産の主治医をしている、
ということも少なくありません。
小児科医の、あるいは医者の鑑といってもいいと、誰もが思う先生です。
いつも子供たちのこと考えておられ、ボクが心から尊敬する先生の一人です。

うちの息子たちもこの先生に診てもらっています。
何年か前の、めちゃくちゃ忙しいころ、なかなかボクが家に帰れなくて、
子供の方から病院に会いに来てくれることが何度かあったのですが、
上の子は、病院に来て、廊下でこの先生に会ったら、
お辞儀をして挨拶する代わりに、
直立不動で上を向いて、「あー」とのどを診察してもらう姿勢をとったことがありました。
いつも診てもらっている先生なので、まじめな長男はついそうしてしまったのでしょう。
先生は、立ち止まって、ニコニコしながら、丁寧にポケットからペンライトを取り出して、
息子ののどをゆっくり診察して、「大丈夫ですよ」といってくださいました。
あのときの、息子の、照れたような、ホッとしたような表情は今でも忘れません。

 「これが、小児科医なんだ。」

ボクの腰にまとわりついてくる息子の頭をなでながら、
医師としての凄みのようなものを感じました。

その先生と、先日ゆっくり話す機会がありました。

いろんな話をする中で、
部下の先生たちに、医療的な技術、たとえば、手術のテクニックや、診断の考え方、
インフォームドコンセントのちょっとした言い回しなどを教えるのは簡単かもしれないが、
患者さんとの距離感を伝えるのは意外と難しいという話になりました。

たしかに、 患者さんとの距離感と医療内容は関係ないのかもしれません。
チーム医療を目指すのなら、
ほかのドクターとも、その距離を揃えないと、
かえって違和感が起こるかもしれません。
「あの先生は、こうだったのに、この先生はああだ。」と。

ただ、そういった距離感を気にするあまり、
少しずつ患者さんとの距離が長くなってしまい、
結果的に、患者さんの不安が強くなるような気がします。
100%の医療を行うことができたとしても、
患者さんは、多かれ少なかれ、不安を持っています。
その不安については、一歩近づいて、
向かい合い、寄り添うことで、癒されると信じています。

 「どうしたら、ほかの先生たちにそれを伝えることができるんでしょう?」

「いやぁ、大丈夫ですよ・・・。」

 「そうですか?」

「伝えようとするから、伝わらない。『伝える』んじゃなくて、『伝わる』んです。」

 「はぁ。」

「先生の姿を見ていたら、伝わるはずです。 そして、すでに十分伝わっていますよ。」

 「伝わってますかね?」

「伝わるんです。 そういうことは、伝えようとしたって、伝わりません。」

ムリに伝えようとすると、しんどくなるので、ボクが今まで通り、
頑張ればよいのだとおっしゃっていただきました。
指導者としてあれこれ考えるのではなくて、
ひとりの先輩ドクターとして、
一緒になって働くことで、それが自然とチームに広がるはずだから、
けっしてイライラしちゃいけないとも言っていただきました。

何十年も、変わることのないスタイルで
診療を続けてこられたドクターの、しみる一言でした。

むしろ、ボク自身が若い先生たちから、たくさんのことを
吸収する(つまり、伝えられる)チャンスなのかもしれません。

信念を持って、今まで通り、
頑張っていくしかない。
そう思うのでした。

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ニケ

その小児科の先生は、人間的にとてもカッコいいと思います!
尊敬できる模範がそばにあるharu先生は幸せですね。
by ニケ (2010-11-01 13:56) 

ちばおハム

うわーいいこといいますね!!
中堅になって、今までの業務と違うことが増えてきたところだったので、「あーそうなんだー」とただただ感心してしまいました。
うん、私もがんばります!
by ちばおハム (2010-11-02 14:46) 

haru

ニケさん、コメントありがとうございます。
これまでにも、しんどくて、くじけそうになったとき、何度も話を聞いてもらい、いつも励ましてくれる先生でもあります。
そういう先生がいてくれるからこそ、産婦人科医として頑張れるのです。
うちの病院には、そういう、心から頼りにできる大先輩の先生がほかにも何人かおられます。
ほかの病院では、なかなかないことだと思います。
by haru (2010-11-09 05:57) 

haru

ちばおハムさん、コメントありがとうございます。
伝える方法にあれこれ悩むより、伝えたいこと、伝えなければならないことをしっかり自分の内側に持って仕事をすることこそがなによりも大切なのでしょう。
自分の患者さんに対する態度を、周囲の人は意外とクールに見ているものですね。
by haru (2010-11-09 06:08) 

ともたま

先生、人の成長にとって環境は大切ですね。
背中で語るというか、その人の雰囲気というか、一言の重みというか…
とにかく尊敬・信頼できる人がいるって嬉しいことですね。

突然ですがharu先生、11月3日午前7時05分に赤ちゃんが誕生いたしました。
3204gの男の子です。
先生には女の子とお伝えしていたのですが、その後の検診でたまたまがエコーにばっちり映ってました。
妻は8月20日から一度も退院することなく入院したままで、11月3日は退院予定日でした。ウテメリン投与を止めた2日後の36週1日目の出産で、分娩台に乗ったところ陣痛が弱くなり、うまくいきむことができなくなり、師長さんにお腹を押してもらい、吸引での分娩でした。
息子は産声を上げてくれましたが、一過性多呼吸のためNICUに直行でした。呼吸状態は直ぐに改善したのですが、今度は黄疸の数値が上がったため光線治療(背中にあててました)を行いました。そのため、妻は9日に退院したのですが息子は11日の退院でした。
まだ赤みが残り、白目のところも若干黄色ですが、頑張っておっぱいを飲んでます。
息子の名前は快生(かいせい)と言います。快さを全ての人達にという思いと、長男の芽生から1文字もらいました。

先生、実は僕にも尊敬しているというか目標にしている人達がいます。
長男次男を出産した、ち〇県きさ〇〇市にある総合病院の産科スタッフの方たち(温かく優しい人ばかりです)、そしてharu先生です。

長男芽生を授かったことにより素晴らしい方たちと出会うことができました。
僕たち夫婦は本当に本当に幸せものです。
心いっぱい、感謝の気持ちで溢れています。
人として、子の親として一生懸命頑張っていきたいと思います。

先生、顔も見たことの無い僕に魂の入った対応をしていただき本当にありがとうございます。
これからもブログ楽しみにしています。そしてこれからも沢山のお母さんや赤ちゃんを守ってあげてください。
またまた長文となりすみませんでした。
by ともたま (2010-11-15 11:28) 

haru

ともたまさん、コメントありがとうございます。
そして、次男さんの出産、おめでとうございます。
おそらく、たくさんの人から、「おめでとう」の言葉をかけていただいていると思います。
ご夫婦にとって、本当に長い長い、妊娠期間であったことでしょう。
芽生ちゃんが教えてくれた、命の大きさ、重さ、尊さをあらためて感じておられると思います。
(「生」の漢字は、ボクも好きで自分の息子も名前にこの字を使っていたりします。)
これから始まる、たくさんの思い出をひとつひとつ積み重ねてください。
by haru (2010-11-20 06:15) 

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